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第1回 | 日本に野生のゾウやサイがいた頃

 東京都・うえにある国立科学博物館では,毎年,夏休み前後の時期に特別展が開かれる。何度かに一度は,絶滅した動物についてのものだ。2014年の夏の特別展も,絶滅動物に関わるものだった。ただし,恐竜ではない。時間的にも空間的にもより身近な「日本で発掘された絶滅哺乳類化石」がテーマである。

 では,かつてどんな絶滅哺乳類がいたのかというと,豪華メンバーがそろっている。いわゆる巨大動物相が「日本」にもあって,ゾウやら,サイやら,オオツノジカやら,今の基準でいえばかなりの「大物」がかっしていたとか。想像してみよう。ちょっと郊外に出かけると,ゾウやオオツノジカなどがゆったりと歩き,食事をしている様子が見られるのだ。動物園でもサファリパークでもない,野生動物として!

 特別展の企画を担当した地学研究部(2014年当時)の冨田幸光さんにお話を伺った。

 冨田さんは化石で見る生命進化の研究者なので,研究室にはウサギやビーバーやサーベルタイガーなど,さまざまな動物の骨が実物や模型で置いてあった。

 冨田さんがまず語ってくださったのは,日本列島の成り立ちについてだ。

冨田先生
国立科学博物館の特別展「太古の哺乳類展」を企画した地学研究部部長の冨田幸光さん。(2014年当時)

「もともと,日本列島は大陸の一部だったんです。2500万年ほど前に日本海が開き始めて,1500万年ほど前に日本列島になる島々が今の場所あたりに来た。でも,離れてすぐに今の形になったんじゃなくて,大陸から離れつつ小さな島にバラバラにばらけちゃったような状態が続いて,だんだん日本列島ができていく。大陸から離れてから動物がどのように変わったかというのが,一つの大きなテーマなんです。」

「ただ,日本の哺乳類化石の歴史は,日本列島が大陸から離れるずっと前,約1億2000万年にも及ぶことが最近はわかっています。地理的な問題以前に,あるいはそれ以上に,時代の流れに伴う哺乳類の変化,つまり哺乳類全体の進化による変化を見ることが大事なんです。」

 今の日本で発見される最古の哺乳類化石は約1億2000万年前! それだけの時間をかけた大進化は一つのテーマになる。日本における独自の哺乳類進化を見つつも,哺乳類全体の進化自体を絶えず見渡さなければならないということだ。

3000万年前
日本列島の成り立ち 3000万年前
1850万年前
1850万年前

「そのあと,日本列島が出来上がってから,かなり後になりますけど,260万年くらい前から氷河時代が来ますね。氷河期には,氷期と間氷期があって,氷期になると気温がガッと下がりますので,大陸に雪が積もっちゃって,海水準(海面)が下がるんですね。そうすると九州と朝鮮半島がくっついてしまう。あるいは東シナ海が陸化してしまう。大陸から新しい動物が入ってくる。ところが間氷期になると暖かくなって,また海水準が上がっちゃうので来なくなると。その繰り返しを過去200万年ぐらいやってるわけです。それにともなって,化石記録も変わってきます。生物進化というよりも,大陸とつながることでの変化。そういうのを見ていく,というのがもう一つの点です。」

 数千万年,数百万年単位の長い話と,数十万年,数万年単位の比較的短い話が,折り重なっているのが日本哺乳類の化石記録をみる時に留意しておくべきことだと理解した。

 ただし,これらの間に,「知られざる一千万年」のような時期があって事態を難しくしているそうだ。

「今から1600万年前ぐらいから600万年前ぐらいの間って,ほとんど陸の哺乳類の化石記録がないんです。日本の哺乳類の歴史を考えようにも,そこはすごく難しいところで。日本列島がもっとバラバラにばらけちゃったような状態で,まず最初は大陸と同じような動物たちがいて,その後,島状態になって,どんどんその間に絶滅していくし,化石記録があまりないのでわからないと。ただ,その前の時期ですと,ゾウの一種,ゴンフォテリウムというのが岐阜県で見つかっています。その後,ステゴロフォドンというゾウの化石がわりとたくさん見つかってて,時系列の変化を追えるんです。」

 ゴンフォテリウムというのは,約2300万年から2000万年前にアフリカで出現したゾウだ。現生のゾウと違う特徴として,キバが上あごと下あごの両方にある。オーストラリアと南極をのぞく全ての大陸に進出して,日本では岐阜県市から見つかっている。また,ステゴロフォドンは,宮城県ふなおかまちで発見されたのが最初で,その後,1800万年前から1600万年前までの地層で見つかっている。

ステゴロフォドン
ゾウの一種・ステゴロフォドンの復元図。日本では宮城県ふなおかまち(現在のしばまち)で発見されたものが最初で,1800万年前から1600万年前の地層で見つかっている。(特別展「太古の哺乳類展」より)

「──実を言うと,話は飛びますが,今から2300万年ぐらい前にユーラシアとアフリカがつながるんです。逆に言えば,それ以前はアフリカっていうのは島大陸だったんです。なので,ゾウはずっとアフリカの中だけで進化してきた。ところが,ユーラシアとつながりまして,アフリカにいた動物たちがユーラシアにワーッと広がり始めるんですね。その中で一番目立つっていうか,化石記録にたくさん残ってるのがゾウで,その第1号がゴンフォテリウムなんです。それが日本にも来ていたと。」

「──ステゴロフォドンは,歯がたくさん出ています。頭骨については宮城県のしおがまと茨城県で。ほかのは歯だけです。せいぜい数10標本くらい。もともと大陸にいたのが,島に来て,変化していきます。歯を比べていくと,古いやつはでかいんですよ。それから途中段階でだんだん小さくなってるやつがあって,一番最後,1600万年前ぐらいになると,かなり小さくなってるんですね。とうしょ環境でわいしょう化したというのを追えるという論文が出ました。」

 その後,ゾウについては1千万年のブランクがあるものの,日本にも「最初の全世界ゾウ」ゴンフォテリウムがたどり着いていたり,次いでやってきたステゴロフォドンは,島の理屈(島嶼効果)で小さくなっていったというのは,とても興味深いのである。

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