第2回 | 実はゾウの楽園だった日本列島

 さて,日本列島が,意外にも「ゾウの楽園」だったかもしれない話。

 まだ,今の形の「列島」になっていなかった多島海時代の1800万年から1600万年前には,ステゴロフォドンというゾウがいて,時代が下るに従って小型化していったという。

 そこから先,日本のゾウはどうなったのか。

 実は,よく分からないのだそうだ。なぜなら,1600万年前から600万年前までの間,ゾウに限らず陸の生き物の化石記録がほとんどないからだ。

冨田先生

「とにかく化石記録がないのでそこはすっ飛ばしまして,600万年ぐらい前になるとツダンスキーゾウというのが見つかります。アジア大陸に当時いたでっかいゾウなんですがそれが日本に渡ってきている。渡ってきた時点では,大陸と日本がつながっていたのかもしれないんですが,その後,しばらくまた切り離されて交流がない状態が続きます。それで,何百万年かにわたって日本で独自に進化していくんです。ミエゾウ,ハチオウジゾウ,アケボノゾウという系列。ハチオウジゾウは2010年に命名されたばかりです。原始的なアケボノゾウという位置づけで別種にする必要はないという説もあるんですが。」

先生

 この系列は,ゾウの系統でいうと,ステゴドンというアジアに広く分布していたグループだ。長く前に突きだした牙が特徴。牙と牙の間が狭くて,鼻が間を通らなかったのでは,と言われるものもある。前に出てきたゴンフォテリウムやステゴロフォドンよりは,現生のゾウに近いが,分類学的に言うと「ステゴドン科」として,「ゾウ科」と区別されるようだ。しかし,ここではほかにもいろいろな種類が出てくるので,分岐図を見て系統関係を理解した方がいいだろう。

「日本のゾウ」として関係してくるものとしては,まず原始的なゾウの先祖から,ゴンフォテリウムが分かれて,その後,ステゴロフォドンや,さらにステゴドンが出る。さらに,アジアゾウ類が分岐して,その先にマンモスの仲間と現生アジアゾウの仲間が分かれる。現生アジアゾウとナウマンゾウは,ほとんど「きょうだい」のような近縁だ。

ゾウ類の系統図。
ゾウ類の系統図。(「新版 絶滅哺乳類図鑑」(丸善)の図を一部改変)

 さて,ミエゾウ,ハチオウジゾウ,アケボノゾウの系列に戻る。これらは,日本各地で見つかっており(例えば,ミエゾウは三重県をはじめ,長崎県,福岡県,大分県,島根県,長野県,東京都でも発見されている。),しかし,大陸では発掘されていないという意味で,日本固有種だと考えられている。しばしば地名を冠していることからも,各地の「ご当地ゾウ」でありつつ,「日本固有のゾウ」でもある。そして,島環境らしく,時代が下るに従って,体が小さくなっていく。ご先祖のツダンスキーゾウに近いミエゾウはけんこうが4メートルものきょだったのに対して,アケボノゾウは2メートルだ。

「アケボノゾウは,70万年くらい前まで生きのびていたんですけど,そこで絶滅しちゃうんです。実はその一歩手前の110万年前ぐらいのときに,大陸からまた全く今まで日本にいなかったゾウが入ってくるんです。これがムカシマンモスと呼ばれているやつで,これまでいろいろな名前でよばれていた化石がふくまれており,シガゾウもそのひとつです。だから,この時期,さっきのアケボノゾウと,国内で2種類生存していたことになります。ムカシマンモスも,アケボノゾウと同じ時期70万年前に絶滅してしまうんですが,その後,今度は60万年ぐらい前にトウヨウゾウっていうのが入ってきます。トウヨウゾウは,10万年ぐらいしか日本にはいなかったんです。」

日本におけるゾウの変遷。
日本におけるゾウの変遷。(特別展「太古の哺乳類展」より)

 ムカシマンモスは,その名の通り,のちのマンモスにつながるもので,トウヨウゾウは,ミエゾウ,ハチオウジゾウ,アケボノゾウと同様のステゴドン類だ。ミエゾウ,ハチオウジゾウ,アケボノゾウは日本固有と考えられているが,トウヨウゾウは大陸でも化石が出るため,アケボノゾウの絶滅後,新たに日本に入ってきたものとされる。なお,トウヨウゾウは,牙の長いステゴドン的な形状に復元されることが多いが,見つかっているのは臼歯なのではっきりしたことは分からない。臼歯の大きさは,ミエゾウとアケボノゾウの中間くらいだそうだ。

 それにしても,なんとも目まぐるしい!

 もちろん,短くとも10万年単位で起きたことなので,リアルタイムで見れば「目まぐるしい」などという感想を持ちようもないわけだが。

冨田先生

「トウヨウゾウがいなくなって,その後,今度34万年前にかの有名なナウマンゾウが入ってきます。このナウマンゾウは割と頑張って,今から2万年ぐらい前までは何とか生きのびます。トウヨウゾウもナウマンゾウも,朝鮮半島か東シナ海がつながった時に来ているんですが,実はサハリンから北海道に入ってきたルートがあって,そこを通ってきたのがマンモスですね。マンモスも最後の氷期が終わって急激にあったかくなると,もう,とても日本国内で生きてられないので絶滅してしまうか,サハリンを通ってまたもとへ戻っていったか,とにかく日本から消えます。これで,一応日本で知られているゾウの化石ほぼ全体の話になります。」

 駆け足だったけれど,いかがだろうか。

 今,日本で発掘されているゾウだけで,これだけの話になる。個別の「ご当地ゾウ」の話題には,ニュースになるたびに触れていても,このように時系列,あるいは空間的な分布を考えてみたことはなかったので新鮮だった。

「実はそんなにたくさんの種類がワーッといた時代っていうのはなくて,同時には2種類くらいが最大です。でも,今日本には野生のゾウがいないのに,これだけのゾウの歴史が日本列島の中にあると。そういう意味で,ちょっと大げさなタイトルですけど,今回の特別展でも『ゾウの楽園』というタイトルのコーナーを作ったんです。」

 なお,一連のゾウの歴史の中で,ぼくがひかれるのは60万年ほどまえのステゴドン,トウヨウゾウがいた時代だ。

「ゾウというのは,ケナガマンモスのように寒冷気候に適応していたものもいるんですが,基本はアフリカ起源で,どちらかというと熱帯,亜熱帯系の動物なんです。トウヨウゾウは割とあったかいところのやつらしくて,暖温帯か亜熱帯ぐらいのやつかな。中国にはたくさん化石記録があるんですけど,割と南のほうに多いやつなんですね。トウヨウゾウが来た頃というのは,間氷期の中でも特に暖かくて,その時,サイも入ってきているんですよ。」

 日本列島にサイ! それも,トウヨウゾウと同じ時期に!

 実はぼくはこの点に強く反応してしまう。ゾウとサイが同時にいる景観は,特別に感じられてならないのだ。今のアフリカの巨大動物相を思わせるから,というのが理由かもしれない。

トウヨウゾウの上あご臼歯の化石。
現在の大津市にあたる場所で発見された記録などが直接記された歴史的な標本(右)。

上の写真でも手にしていた特別展「太古の哺乳類展」でも展示される,江戸時代に発見されたトウヨウゾウの上あご臼歯の化石。現在の滋賀県おお市にあたる場所で発見された記録などが直接記された歴史的な標本(右)。

カニサイの復元図。
カニサイの復元図。岐阜県可児市で化石が見つかったことから名づけられた。(特別展「太古の哺乳類展」より)