第4回 | 「原始的」ではなかったアマミノクロウサギ

 国立科学博物館の冨田幸光さんは,日本で発掘された哺乳類化石が一堂に会する特別展「太古の哺乳類展」の企画立案者だ。博物館での所掌範囲はりくせい哺乳類ぜんぶ! ということになっているので,今回の特別展はその集大成という意味もある。

 その一方で,哺乳類研究者として,個別の生き物の系統の研究にも深く関わってきた。哺乳類全体を見るのは国立の博物館としての「官」の仕事であり,それとは別に「研究者としての個人」の仕事がある,というか。

 研究室の書架にアマミノクロウサギの下顎がぽんと置いてあった。それについて問うと,冨田さんはぱっと顔を輝かせた。

冨田先生

「私自身は,小型哺乳類,ウサギ類やげっ類なんかを研究してまして──。」と古生物学者としての御自身のキャリアを語ってくださった。

「私,横浜国立大学出身なんですが,もう骨の化石が勉強したくてしたくて,当時,その勉強ができる大学院は京都大学しかなかったんです。でも,落っこっちゃったので,英語苦手だったけど勉強して,アメリカのアリゾナ大学に行きました。そこの先生がたまたま小型哺乳類を専門にしてたんです。修士論文では,古地磁気学(注:岩石に残された地質時代の磁気を研究する学問。)を使ってぎょうしんせいの化石が入っている地層をうまく合わせて,年代をピチッと決めるプロジェクト。ただ暁新世の化石は日本では出ないので,日本に帰るのを見越して,ドクターではせんしんせいという新しい時代の化石産地の小型哺乳類をやりました。一番たくさん出てくるのは齧歯類です。あとはウサギ類,食虫類,コウモリも出てくる。古地磁気学で年代をかなりきちっと決めて,見つかった化石を記載する。そこまでやって,日本に帰ってきました。」

帽子

 暁新世とか,鮮新世とか,いわゆる「地質学的年代」が出てきた。

 暁新世というのは,恐竜がいた中生代のはくに続く比較的古い年代で,6600万年から5600万年前くらいだ。「恐竜後」の世界である古第三紀の中では,一番最初の(一番古い)時期だ。日本ではその時期の地層がほとんどなく化石が出ない。一方,鮮新世は530万年から260万年くらい前で,日本でも各地で化石がみつかる。今回の特別展「太古の哺乳類展」で中心的役割を果たしているゾウでも,各地から発見されるミエゾウは鮮新世の生き物だ。

 冨田さんは,日本に研究者のいない古第三紀の古い時代について詳しく(修士時代の研究),かつ,新しい時代の小型哺乳類を専門にしている(博士論文の研究)という独特の特徴をもった研究者としてスタートすることになった。北海道で発掘されたクシロムカシバク(その名の通りくしで発掘された古いバク)など,古第三紀の古めの化石は冨田さんが見るという流れが出来上がった。

「一方で,アリゾナでの博士論文以来,ウサギにずっと興味を持っていました。15年ほど前かな,中国の先生がたまたまウサギの化石をいっぱい見つけたので,『冨田さん,ウサギやりません?』と言われまして,『いや,ぜひやらせてくださいよ。』って即答しました。それをよく見たところ,アマミノクロウサギの祖先にあたる属でプリオペンタラグスだったんです。これ,実は私がアメリカでやっていたのともつながっていて,中国と北米,日本のアマミノクロウサギの系統が解明できたんです。」

先生

 なお,アマミノクロウサギについては,「原始的な特徴を残したウサギ」「ムカシウサギの仲間」といったことが語られる。ぼくが小学生の時に,学校で読んだ教科書か副読本にもそのような記述があったと記憶するし,今もウェブで検索すると痕跡がある。しかし,冨田さんによると,これは1960年前後に学問の世界では当たり前になっていた分類や系統関係が,日本ではアップデートされず,20世紀中ずっと残ってしまった結果らしい。「ムカシウサギ」というのは,すでに絶滅しているグループで,現生のものはすべて「ウサギ亜科」というのが,今の考え方だ。現生のウサギの中では,比較的古い方という言い方ならまだしも「ムカシウサギの仲間」は明確に間違いだそうだ。

 冨田さんは,さらにウサギの系統関係について,決定的な研究をしている最中だ。

冨田先生

「系統関係を明らかにしようとすると,結局今生きてるウサギを全部調べないと駄目なので,じゃあ,やるか,と。7~8年ぐらい前から,時々,ロンドンの大英自然史博物館へ行って,現生のウサギ類の頭と顎をせっせと調べていたんです。で,それもついにおととし(2012年),データを取るのは終わったので,これから分析をしていくところです。」

 というわけで,冨田さんが中心になり,ウサギの系統関係が近い将来,より強固に確かめられたり,書き換えられる可能性がある。いわゆる系統解析という手法だ。

 しかし,なぜ,ウサギ? 小型哺乳類の化石を専門に研究しつつ,ウサギに引き寄せられていったのには理由があるのだろうか。ウサギについて語る冨田さんが,とても楽しそうなのでつい聞いた。

「ウサギが面白いのは──そうですね,大体,繁殖するときはね,ものすごいガーッて増えるくせに,いったん何か状況が悪くなると一挙に絶滅するんですよね。そういう,変な繁殖パターンをするところですとか。あと,これ,人に言うと,『えーっ。』と言われることがあるんですけど,今から800万年前以前のユーラシアには,全くウサギがいなかったんですよ。ナキウサギはいたんですが,ウサギは全くいなかった。」

 これは確かに意外だ。ウサギがいない世界! 唱歌の「ふるさと」で言及される「うさぎおいしかのやま」は,わりと最近のことなのだ。まあ,人類がユーラシアに到達した頃には,追うべきウサギはすでにあちこちに存在したのだろうが。

「2000万年くらい,相当昔までいくと,すっごい原始的なウサギがユーラシアにいたんですけど,いったんいなくなるんです。それが,800万年前になると,またユーラシアで一斉にウワーッと化石が見つかるんです。それはなぜかって,北アメリカにはその間もウサギがいて,そのうちのある一派がベーリング海峡を越えてアジアに入ってきた。さっきいった独特の繁殖の仕方で,一気にユーラシアに広がるんですよ。」

 今のウサギは新大陸(注:大航海時代以降にヨーロッパ人が新しく発見した,南北アメリカ大陸およびオーストラリア大陸のこと。ここではアメリカ大陸のことを指す。)起源? 一般に,旧大陸(注:アジア,ヨーロッパ,アフリカの3大陸のこと。)から新大陸へ渡った生き物は多く,逆は少ない印象がある。現生のウサギはそれに逆行して,新大陸で進化し,旧大陸に進出したのだろうか。化石証拠によっては,このあたりは,今後,ひっくり返ったり,「行ったり来たりしていた」ということにもなる余地がありそうだ。

「これ,たかがウサギなんですけど,本当,面白いんですよ。」

 とやはり冨田さんの目が輝くのだった。

冨田先生